臨時教員と子供の関わり

 私は新潟県内出身者で中越地区で約5年間、埼玉県で5カ月間臨時教員(助教諭や講師)として小学校に勤務していました。最初の赴任校では学級担任ではなく、複式解消加配として児童数が8人の学校に助教諭として着任しました。授業は低学年から高学年までの国語や算数、社会、書写などを担当していました。小規模校でもあったのですが学区外から通学していた児童がいて、特別な支援を必要としている児童でした。授業は大変で分からなければ教室を飛び出して外へ出る、突然こちらが意図しない行動や発言をするなどで大変でした。大学を卒業したばかりでもあったのですが、勤務から1カ月で退職しようかと考えました。しかし周りの教員が温かく支えてくださってこともあり、特別支援教育に関する研修を受けたり校内研修で招かれた講師の話を聞いたりするなどして自分にできることを精一杯実践しました。児童は最初から最後まで私のことが嫌いだったようで、からかったりふざけたりするなど目に余る行動が見られて結局1年間は子どもとのかかわりあいと授業づくりの難しさを痛感しました。
 2年目は1カ月間だけでしたが自宅から通える中規模校に病休代行として赴任しました。3,4年生の国語と算数の少人数指導を担当していましたが、国語と算数は小学校の基礎となる土台の教科であるため分かる授業づくりや教材研究に力を注ぎました。少人数指導では名簿順にクラス編成をする場合や勉強の得意・苦手別に分けるなど様々なタイプがあります。勉強の苦手な子と得意な子を関わらせるために、問題が早く終わった児童には先生をしてもらう「ミニ先生」を設定して得意な子と苦手な子どもが関われる場面を算数の授業で取り入れました。私が1から10まで教えるのではなく、子どもと子どもが関われる場面を作った点は良かったと感じています。
 3年目と4年目は東日本大震災の複式解消加配教員として勤務しました。福島県から新潟県に転入してきた児童の様子やそれ以外の児童の授業や生活指導を担当しました。授業を単独で受け持つことが少なかった反面、クラスから児童が外へ飛び出したりした突発的な行動をした際に動くことが多々ありました。子どもの抱えている悩みや課題は何かや一人一人の児童を見取る大切さを痛感しました。
 1度だけ新潟県を離れて埼玉県で低学年の学級担任をしました。授業作りでは実感を伴い、児童が分かったと思える授業づくりをテーマに取り組みました。特別活動に力を入れている学校だったので、学級活動では児童が学級会を開いて司会や書記など決められた役割をこなすにはどのような支援が必要かに頭を悩ませました。日々の授業でも、子ども同士の関わりある場面や男女間で関われる場面を作ることの難しさを感じていました。私自身は日頃の授業の中で全員が発言する活躍の場を設けていましたが、発表する児童が限定されていることが多く自分の指導力不足を知りました。体調を壊して退職しましたが、また新潟県内で教員として働こうと思っていました。
 臨時教員として最後に赴任した学校では、低学年の副担任を担当しました。低学年の児童は教師が1から丁寧に教えることが多く、ルール作りや出来るまで見守ってやることが大切だと学びました。担任の補助として授業でわからない子どもに1対1で教えることが多かったのですが、低学年のうちはルールや良いことをしたら褒めるようにすることが児童のエネルギーになると学びました。
 教員はすでに退職しましたが、子どもと関わる上で自分が辛くても辛い姿や疲れていることを表情に出さず笑顔で接することを心掛けていました。上手くいかないことがほとんどでしたが、授業づくりや生活指導の中で子ども同士が関わりあえる場面を作って子どもたちの良さを引き出すようにしていました。

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諦めない力

息子は現在7歳。どこにでもいる普通の子供です。飽きっぽく、何もかもが中途半端。やればやりっぱなし。そんな息子も一年生になり、何か習い事をしようと考えていた。いろいろ考えた結果公文を習い始めた。公文にした理由は姉が昔にしていて、ある程度、教材などの仕組みはわかっていたからだ。いざ、教室へ行くと、足がすくむ。家ではあれだけ、偉そうなのに、、そう思いながら、体験を始めた。本人、先生ともに思った以上のできにびっくりしていた。しかし、緊張が解けてしまった息子は、お直しがあると、泣いて嫌がり、周りにも迷惑がかかるようになった。やめた方がいいかも、そう何度も思った。しかし、今ここでやめてしまっては、泣いて嫌がれば、何もかも自分の思う通りになる、そう思ってしまうかもしれない。ここは、心を鬼にして、泣いても連れて行った。幸い、先生も泣いても大丈夫ですよとおっしゃってくださったので、心が楽になった。泣きながら、行くこと1カ月、突然、玄関で「ひとりで行けるから、ここでいいよ」と息子が言った。そのまま、帰った。迎えに行くと、「もう大丈夫です」と先生の声。一人で用意して、一人でお直しをして、復習、プリントとやったらしい。なぜだろうとも思ったが、友達がプリントを早く終わらせていて、一緒に遊びたい、そして、友達に追いつき、そのうち追い越したいというきもちが現れたらしい。友達が本人を強くさせ、また、友達と切磋琢磨していく中で成長しているのだなと思った。親がこうなってほしいと思うのは、願望であり、本人の意思はありません。本人のやる気があれば、自分でこうなりたいと思うものです。敷かれたレールの上を走らせるのではなく、自分でレールを作り、自分で走っていく方が達成感もあり楽しいと思えるのではないかと思います。今では、テストに合格して、もっと上に進みたいという彼なりの目標に沿って、走りだしました。その目標にうまく進めるように見守るのが、わたしたち親の役割だと感じています。